大阪地方裁判所 平成4年(ワ)5226号 判決 1992年12月16日
原告
碓井義人
右訴訟代理人弁護士
大川真郎
被告
日本水処理工業株式会社
右代表者代表取締役
川西隆
右訴訟代理人弁護士
石原秀男
同
橘重孝
主文
一 被告は、原告に対し、金一八〇万円及びこれに対する平成四年五月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告に対し、金二八〇万円及び内金一八〇万円に対する平成四年四月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行の宣言
第二事実及び争点
一 前提となる事実(証拠番号を摘示する以外の事実は当事者間に争いがない)
1(1) 被告は、従業員約九〇名を擁し、産業用設備の洗浄を業とする会社である。
(2) 原告は、昭和五一年三月被告に入社し、平成四年四月三日、同年四月二〇日付けで退職するとの意思表示をし、同日退職した。
2(1) 被告の退職金規定によると、就業規則五三条により懲戒解雇された場合を除き、一定期間在職した従業員には退職の日から三〇日以内に退職金が支給することが定められている(<証拠略>)。
(2) 同規定に基づき、原告の基本給・在職年数等により算出した退職金額は金一八〇万円である。
3(1) 被告は、平成四年五月一五日、原告を懲戒解雇(以下、本件懲戒解雇という。)した。
(2) 解雇通知書には、「貴殿は、平成四年四月二〇日に退社されました。ところが、退社の日まで就業規則等を遵守していなかったことが色々と判明し、懲罰委員会において就業規則第五三条に定める懲戒解雇にあたると決まり、懲戒解雇します。よって、退職金は退職金規定第三条により支給致しません。」と記載されていた(<証拠略>)。
二 争点
1 本件懲戒解雇は退職金不支給事由となるか。
(被告の主張)
(1) 本件懲戒解雇の事由
<1> 原告が、平成四年四月二〇日、被告の社員である訴外大村典子及び福地麻紀に対し、原告が現在勤務している株式会社ユーセー(以下、訴外会社という。)に転職しないかと勧誘した。右行為は、就業規則五三条三号「素行不良で職場の風紀秩序を乱した者」・同条一号「この規則に違反した者」・九条(一般の心得)一五号「職場の風紀秩序を乱す行為をしないこと」に該当する。
<2> 原告は、平成四年四月一〇日、被告の最重要取引先である訴外株式会社テクノ菱和(以下、訴外菱和という。)を解雇された訴外田平の送別会に上司の許可も得ずに出席した。右行為は、被告の信用を毀損するものとして就業規則五三条一〇号「会社の名誉信用をきずつけた者」に該当する。
<3> 原告は、平成四年四月九日以前に、訴外会社の代表者である訴外伊東義美(以下、訴外伊東という。)と共に、仕事を依頼する目的で訴外シャープ株式会社天理工場内の訴外菱和現場事務所に挨拶に行き、同事務所長近藤に対し、訴外伊東を紹介した。訴外会社と被告は営業内容を同じくする会社であるから、右行為は就業規則五三条一号・九条一一号「会社の承認を得ないで会社以外の業務に従事し、または会社と同種の事業あるいは関係ある事業に関係しないこと」に該当する。
<4> 原告は、平成四年三月中旬、訴外菱和から被告に発注された作業を、上司に無断で訴外会社に発注した。訴外菱和から発注された作業を下請けに請け負わせるには被告営業部長若しくは被告の関連会社である訴外株式会社ビーナスの代表取締役の了解を得なければならない。したがって右行為は、就業規則五三条一号・九条九項「職務権限を超えた独断専行しないこと」に該当する。
<5> 原告に右<1>ないし<4>の懲戒解雇相当事由が存在することが判明したのは平成四年四月二〇日後のことであった。原告には、従前既に戒告、けん責、減給(降格)、出勤停止の各処分を受けた前歴があったので、今回は懲戒解雇としたもので、被告の処分は相当なものである。
(2) 懲戒解雇と雇用契約終了の先(ママ)後
被告は、原告が平成四年四月三日にした退職の意思表示を承諾したから、原告、被告間の雇用契約は、平成四年四月二〇日合意解約により終了した。しかし、被告が承諾したのは、原告に(1)で述べた懲戒解雇事由が存在しないと誤信したためであるから、右承諾は錯誤に基づくものであり、しかも右錯誤は要素の錯誤である。したがって、右合意解約は錯誤により無効となるから、本件懲戒解雇はその前提を欠くものとはならず、原告には退職金の不支給事由がある。
(原告の主張)
(1) 被告の主張(1)に対して
原告は懲戒解雇に相当する行為を行っていない。被告が主張する事実についての具体的認否は以下のとおりである。
<1> <1>のうち、原告が訴外大村典子に訴外会社で働くのはどうかと勧めたことがあることは認める。しかし、原告がこれを勧めたのは、訴外大村典子はこの時点で被告を退職することを聞かされていたからである。訴外福地麻紀には何も話かけていない。
<2> <2>のうち、被告が主張する日に訴外田平の送別会に同僚五名と出席したことは認める。訴外田平は、訴外菱和を解雇されていない。原告の右行為が被告の信用を毀損するはずがない。
<3> <3>のうち、原告が被告主張の場所に平成四年四月七日訴外伊東とともに赴いたことは認める。その目的は、原告の退職と再就職の挨拶である。
<4> <4>のうち、原告が訴外菱和に対し、発注された作業内容が被告の通常の作業内容でなかったため、訴外会社を紹介したことは認める。
<5> <5>のうち、原告に処分歴があることは認めるが、本件懲戒処分とは無関係である。
(2) 被告の主張(2)に対して
原、被告間の雇用契約は、原告の平成四年四月三日の退職の意思表示により、一四日経過後に終了している。
仮に、雇用契約の終了事由が合意解約であったとしても、被告が主張する錯誤は要素の錯誤ではないから合意解約は有効である。
したがって、被告が原告を懲戒解雇する前提がないから、原告には退職金不支給事由はない。
2 退職金の支払時期
原告は退職金の支払時期は退職日であると主張する。
3 被告に不法行為があるか。
(原告の主張)
本件懲戒解雇は、原告が被告と事業内容の一部関連する訴外会社に入社したことを理由としてなされたものである。しかも、被告は自らの得意先のみならず訴外会社の得意先にまで本件懲戒解雇を言い触らし、原告の名誉を毀損している。
このように、被告が本件懲戒解雇をなし、名誉を毀損し、本件退職金を支払わないことは、一連の不法行為となり、原告がこれにより蒙った精神的苦痛に対する慰謝料としては金一〇〇万円が相当である。
第三争点に対する判断
一 争点1について
1 原告が懲戒解雇事由に該当する行為を行ったか否かにつき判断する。
(1) 被告の主張(1)<1>について
原告が、平成四年四月二〇日、当時被告の社員であった訴外大村典子に訴外会社で働くのはどうかと勧めた事実は当事者間に争いがない。しかし、訴外大村典子は右時点で既に退職の意思を表示しており、同月二九日付けで被告を退職していることが認められる(<人証略>)のであるから、原告の右行為が就業規則五三条に該当するとは到底いい得ない。また、原告が訴外福地麻紀に対し訴外会社への退職を勧めたとの事実を認めるに足りる証拠はない(これを述べる<人証略>は原告本人尋問の結果に照らして措信できない。)
(2) 同<2>について
原告が、平成四年四月一〇日、訴外田平の送別会に同僚五名と出席した事実は当事者間に争いがない。そして、訴外菱和は被告の最重要取引先であり、訴外田平が同社を解雇された者であることが認められる(<人証略>)。しかし、右送別会出席は全く私的な行為であり、これ自体被告の許可を得なければならないような性質の行為ではないこと、しかも原告は右時点で既に被告に退職の意思表示をし、有給休暇を取って出勤していなかった(原告は平成四年四月三日から同月二〇日まで有給休暇を取得している<人証略>)こと、同僚五名(全員女性社員)を誘ったのが原告であったとしても、右五名の内に訴外田平と全くつきあいのなかった者はいないこと(原告本人)、仮に右行為が訴外菱和の意向に反するものであり、原告がこれを知っていたとするなら、被告退社後訴外菱和と取引を行う訴外会社に入社することが決まっていた原告(原告は平成四年四月三日以前に訴外会社に就職することが内定していた~原告本人)がこの送別会に出席するはずがないことからすると原告の右行為が被告の信用を害するものとは到底いい得ない。
(3) 同<3>について
原告が、訴外会社の代表者である訴外伊東を(ママ)共に、訴外菱和の現場事務所を訪れた事実は当事者間に争いがない。原告の訪問日時は平成四年四月七日であったこと、被告と訴外会社とは営業内容の一部が重なり合い競業関係にあることが認められる(<証拠・人証略>・原告本人)。そして、原告の訪問自体は退職の挨拶のためであったとしても、これに訴外伊東を同行させ事務所長の近藤に紹介した理由が原告の転職先である訴外会社の便宜を図るためであったことは認められる(原告本人)。しかし、原告は、右時点で既に退職の意思を示し有給休暇中であったことを考えると、原告の行為にはやむを得ない側面があり、右行為が、被告の就業規則五三条に定める懲戒解雇事由に該当するとはいえない。
(4) 同<4>について
(人証略)及び弁論の全趣旨によると、原告は、平成四年三月中旬ころ、訴外菱和からクリーンルームの清掃作業を依頼されたが被告の業務内容ではなかったため、訴外会社を紹介したこと、被告ではこのような場合、株式会社ビーナスかまたは被告の営業部長の許可を得る内規になっていること、原告が右許可を得ていないことが認められる。しかし、このような内規が必ずしも遵守されていなかったこと(原告本人)、この時点では訴外会社は被告の関連育成企業であり被告と競業する関係にはなかったこと(<人証略>)からすると、原告の右行為が就業規則五三条に該当するとはいえない。
(5) 右事実によると、被告が懲戒解雇事由として挙げる原告の行為はいずれも就業規則五三条に該当するものとはいえない。
2 1で判示したとおり、原告の行為はそもそも懲戒解雇事由に該当しないから、本件懲戒解雇は雇用契約の終了との関係を論議するまでもなく、それ自体無効である。
3 したがって、原告には退職金不支給事由がないから、被告は原告に対し、金一八〇万円の退職金を支払う義務がある。
二 争点2について
<証拠略>によると、被告の退職金規定八条は「退職金は退職の日から三〇日以内に全額支給する。ただし、当社の都合により分割して支給することがある。」と規定していることが認められる。本件で被告の都合についての主張・立証はないから、原告の退職金の支払時期は平成四年五月二〇日と認めるのが相当である。
三 争点3について
本件で原告が懲戒解雇されたことにより退職金を支払われていないことを除く具体的不利益を蒙ったと認めるに足りる証拠はなく、名誉毀損についても具体的経過を認定するに足りる証拠はない。退職金が支払われないことの不利益は本件で支払期の翌日から遅延損害金を付加してその支払を命ずることにより回復するものというべきである。
したがって、原告の不法行為に基づく損害賠償請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。
第四結論
以上のとおりであるから、原告の請求は主文第一項掲記の限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判官 野々上友之)